しかし、96年の春を迎え、トゥパックにとって最大のヒットとなった[オール・アイズ・オン・ミー]がリリースされた頃になると、トゥパックは明らかに消耗しきっていた。ここまででトゥパックのレコードは既に六千万ドルものセールスを上げていたものの、トゥパックがデス・ロウに負った借金は四百五十万ドルにも及んでいた。シュグが提供した資金や資産にしても、保釈金も含めてすべて、結局はトゥパックの口座への貸し付けとなっていた。街の噂ではさらに数百万ドルがマフィアに流れているということだった。
 トゥパックにわかることは、もういい加減に見切りをつけたいということだけだった。「パックはもうあのやり方にすっかり嫌気が差してたんだよ」と相談を受けたある友人はそう語っている。「ギャングスタを演じるのにすっかり消耗しちゃったんだな」

 トゥパックは自分のごく親しい者たちだけに、デス・ロウに長居するつもりはないことを明かしていた。実際契約して間もなく「自分の気持ちの上ではデス・ロウは単なる途中の経由地に過ぎず、本当の目的は自分の会社[ユーサネイジア]を設立することにある」と事ある毎に口にしている。トゥパックの事業は、貧しい子供たちを援助する基金の設立をはじめ、映画出演や、音楽とは無関係のプロジェクトをもっと増やすこと、さらに政治活動への進出までがその視野の中に置かれていた。


 しかし、公ではトゥパックはシュグに忠実な顔を装った。[ヴァイブ]誌と8月に行われたインタビューでは「俺は戦士なんだ」と言いきり、自分が「若頭」でシュグが「頭領」なんだとさえ説明した。「シュグと俺はいつまでもビジネスを続けるだろう」と。

 その三日後、トゥパックはデス・ロウとの契約的な縛りを解消する2作のうちの1枚[マキャヴェリ]を完成させ、ワーナーへの移籍の感触を探り始めた。戦士も遂に戦闘服を脱ぎ始めたのだった。

 その数日後、トゥパックはMTVミュージック・アウォーズ賞授賞式に出席するためシュグとニューヨークへ向かった。トゥパックがロサンジェルスに戻ったのは9月7日だったが、この頃からトゥパックと同居し始めていたクインシー・ジョーンズの愛娘、キダダはすぐにトゥパックの神経が異常に張りつめているのを察した。ニューヨークで何か一悶着あったのかと思ったが、パックはそうじゃないと言った。その晩ラスヴェガスのMGMグランドで、マイク・タイソンとブルース・セルドンが対戦するヘヴィー級タイトル戦があって、何週間か前にシュグと一緒に観に行くと約束したんだと言った。あまり気乗りがしないんだが、約束してしまったからにはしょうがない。


Pac and Kidada ラスヴェガスの目抜き通り、ザ・ストリップにそびえるホテル、ルクソールに着くとトゥパックは試合のあとすぐに戻ってくるからとキダダに言い残して、シュグと合流し、大柄な取り巻きばかりを侍らせてMGMグランドへ車で目指した。試合はすぐに決着がつき、わずか1分と49秒にしてセルドンは相手ではなくなった。そして、一行が会場を出る時、一悶着始まったのである。

 シュグと付き合いの深いブラッズの対抗ギャングであるクリップスの一員だったとのちに断定された若い黒人男性がトゥパックにつっかかってきて、それがきっかけでもみ合いになったのだ。
 最終的にその男はシュグの取り巻きによって取り押さえられ、騒動はひと段落した。

 トゥパックがルクソールに戻ると、目が血走っていた。「知りもしねぇ黒人がわけもなく、俺に喧嘩ふっかけてきたんだ」とトゥパックはキダダに話した。
 「何か臭うぜ、やっぱり、今日はおまえ、ここで待ってろ」
 バスケ用のジャージとスウェットに着替えると、トゥパックはすかさずでかけた。

 ロビーで待っていたシュグと合流すると、二人はシュグの家に行き、11時くらいにシュグの経営するクラブ662に向かった。シュグは黒塗りのBMW750の運転手席に乗り、トゥパックは助手席に座って窓を開けた。車の隊列を率いてザ・ストリップを走るBMWの姿をとあるスチール・カメラマンが捕らえたが、長いまつげをしたトゥパックの目にはまったく精気が宿っていないかのようだった。


 二人を乗せた車はザ・ストリップと開発が進んでいない地域との境界となる、暗い街角で信号待ちをした。カリフォルニア州のナンバー・プレートをつけた白いキャデラックが助手席側にゆっくりと近づき、拳銃が突き出されると、男が姿を現し、いきなり発砲した。即座に反応したトゥパックは必死に仲間のいる後部座席に隠れようとした。発砲は13発に及び、1発がトゥパックの手に命中し、もう1発が骨盤に命中、そして2発が胸を貫通した。現場にはタイヤのきしむ音と、40口径から発射された空の薬莢以外何も残らなかった。

 緊急治療室に運びこまれながら、トゥパックは「俺は死ぬんだな」とつぶやいた。

 その後、キダダがベッドの脇のCDプレイヤーでドン・マクリーンの“ヴィンセント”をかけた時、一度だけトゥパックは意識を取り戻したのだった。トゥパックはうめき声をあげ、目を開いた。目は目やにでいっぱいで、腫れていた。

 「トゥパック」とキダダは近づきながら声をかけた。
 ベッドの端でシーツのかすれる音がした。

 「わたしがあなたのことを愛しているってわかる?わたしたち全員があなたのことを愛しているってわかる?」
 今度ははっきりとわかるようにトゥパックはうなずいた。

 キダダがドアの方を向いた時、トゥパックは痙攣を起こし、そのまま昏睡状態に陥った。

 母アフェニは息子の臨終に立ち会った。医者に楽にしてやってくださいと言い渡したのもアフェニだった。

 遺体は火葬にされたが、誰もその灰をキメてハイになることはなかった。その代わりにロサンジェルスでも平穏な地域の丘にアフェニは灰を蒔いた。



参考資料:Robert Sam Anson - Vanity Fair 1997







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