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2Pac/ Until The End Of Time
Amaru/Death Row/Interscope
Production: Johnny "J", QD3, LT Hutton, Tone, Big Simon Says, DJ Quik, artist


 Afeni Shakurの独房にて。1971年、男の赤ん坊は母の胎内で悪夢を見続けていた。刑務所内の喧噪、不健康な食事と警察官の暴行を受けながら胎児は育った。赤ん坊が生き延びたのは奇跡だった。母親の血に流れる革命家としての精神にも関わらず、Tupac Amaru Shakurは初めの一歩を踏み出す前に不運と幸運の両方を得たのである。その当時そうしたように、Afeni Shakurは彼の音楽(作品)が永遠に残るように自分の息子のために現在も戦っている。

 あまり陽の目を浴びなかった1999年リリースの秀作「Still I Rise」同様「Until The End of Time」は、サグ・ライフを全うしパーティー漬けの堕落した生活の危機にさらされながらもTupacが終始スタジオに入り浸って創り上げた。天使の迎えが来る前に出来るだけ多くの作品を作ろうと決めていたからこそ成し遂げたのだ。
 Pacと仕事をしたDeath Rowのアーティストは皆、彼の工場のようなトラックの作り方に感銘をうけ自分たちの作品作成意欲をかりたたされたという。Death Rowの幹部は「Pacは本当にすごい作家だった。映画制作現場のトレーラー内でさえ3〜4曲書いちゃってたから。プロデューサーはビートを与え続けなければならかった。それしか彼についていく方法がなかったからね」と語る。

 母親とSuge Knightによる監修下、OutlawzのE.D.IやAbove the LawのCold 178umが音楽面での監督を担い、「Until The End of Time」はPacのMakaveli/All Eyez On Me/Death Row期における死後最初の2枚組となる。死後のLPは大抵あまり売り上げを見込めない結果となる、というのもトラックがボーカル自体とマッチしないことが多いからだ。しかし今回のアルバムの仕上がりが素晴らしい理由はPacの気に入ってるプロデューサであるJonny "J"、QD3、DJ Quikらが彼らのトレードマークである「跳ねる」ビート(humping around)を提供してくれてるからだ。

 "Letter 2 My Unborn"に代表されるようなPacの変わらぬ繊細で問題提起的なリリックや"All Out"のような殺人的な音楽が、"Thug Passion"におけるアラゼイとへネシーのように絶妙なブレンドをみせてくれる。

 "Happy Home"はアップビートで躍動的なエネルギーを与えてくれる。Tupacは妻と子供と杭て作った垣といった(幸福な家庭を描いた)クレバー一家のゲットー版を描いている。「もうすぐ結婚するからと約束して/部屋に入るたびに俺をみればお前はディープキスしてくれる/ゲットー育ちで/お互いを大切にすると誓い/愛してると付け加え/お前ならいい母親になると思うよ/もし俺が変わってしまっても解って欲しい/今まで何も自分のモノを手にしたことがなかったからだってことを」

 "U Don't Have 2 Worry"や"M.O.B"に関しては平凡でつまらないリリックとプロダクションである。
 特に後者はひどく耳障りの悪いビートが、Pacの怒りのこもった熱狂的なバリトンを全くひきたてていない。彼にはここではいわゆる西海岸系のドッシリしたベース、プレイヤー用に作られた(ローライダー)クルージング用音楽が必要だった。それに、すでに制作後5年近くが経ってるわけでトラックによっては古臭く聞こえるものも若干ある。特にDr. DreがEminemの「The Marshall Mathers LP」や「Dr. Dre 2001」をもってDeath Rowの青写真を塗り替えて以来(より一層古臭く聞こえてしまう)。

 Disc2は唯一全く新しいトラックの作品で始まる。Big SykeがPacまがいやフォロワーに対して「どうにもMakaveli the Donの子孫のようだぜ。お前のスタイルは聴けばわかる。Makaveli the Donそっくりだからな」と警告。

 ギャングスタイルを貫いていく姿勢、確かにJa Rule、DMXあるいはJayZにいたるどのアーティストも才能があり、プラチナム・セールス記録を持つスーパー・スターだが、彼らは、Pacのラジオ・オンエア可能なギャングスタ・ラップ、Pacが仕上げたR&Bとストリートラップの混合スタイルの恩恵をしっかり受けている。
 "Temptations"や"How Do You Want It"等は冷血なラブソングに他ならない。バンダナとタトゥー・スタイルも確立された。Pacは"So Many Tears"や"I Ain't Mad At Cha"においては繊細なギャングスタであることがクールであることだと表現。作品に現れる過度な暴力、性的虚勢、あるいは繰り返されるクスリによるセラピー等について度々批判されてきたが、Pacはあまりにも人気があったためラジオ局も無視できなかった。

 彼の死後"Niggaz Nature Remix"にLil'Moが追加参加された(トラックの最後に正真正銘の2001年「holla(挨拶)」をしている)が、彼女のこの官能的な嘆きの声こそがこの曲をサマーパーティー・ソング間違いなしといわせる要因だろう。永遠の最強ラップバトル曲の一つである"HIt Em Up"がもつ毒のある魅力は"Why U Turn On Me"で感じとれる。

 「Until The End of Time」を聴いた後に答えのない疑問が残った・・・「まだこの世にPacが生きていたら、いったい音楽的にはどこに彼は位置するのだろう?」と。償いをしようとして更正していこうとする(姿勢がみえる)"Everything They Owe"にあるような自由の戦士Frederick Douglassだったのだろうか?それとも"Let Em Have It"にあるような復讐に燃えるギャングスタなのか・・・。Puffyの裁判についてCNNでTupacがコメントしているのを想像してみよう、もしくはTimbalandのビートにあわせてライムをしているところを・・・。

 容赦なく、余計なこともしょっちゅう言っていたが、常に自分の気持ちに正直であったTupac Shakurはたくさんの"Unconditional Love(無条件の愛情)"を世界中に対し持ち続けたため、決してその人気は衰えることがなかった。
 「Me Against The World」や「All Eyez on Me」といった名作2枚以外で、Pacのアルバムでこんなにも素晴らしい作品はないように感じられた。彼がこの世にすでに亡く、自身でこの作品集を楽しめないのが残念だ。

(WORDS BY P-FRANK WILLIAMS)




---Special Supported by: Damienzmama/ Y. Parks

<Damienzmama a.k.a Y. Parks>東京生まれ、南カリフォルニア在住のワーキング・ヒップホップママ。最近は多忙の極みでてんてこ舞い。現地密着型の翻訳が素晴らしすぎ!






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