2Pac死後の活躍
2001年3月にリリースされる
ラッパー兼アクター4枚目の遺作について

SonicNet.comが2Pacと新作「Until The End Of Time」に関する
非常に素晴らしい記事を掲載した。
そのオリジナル翻訳記事をここに紹介したい。


 波瀾万丈な晩年時期には「ヒップホップ界のジェームス・ディーン」と称されたTupac Shakurだが、カリスマ的存在だったラッパーは、むしろエルヴィス・プレスリー(の人生)とより共通するところがあったように思える。
 両アーティストの陰謀死説支持ファンが、亡くなったはずの彼らのヒーロー達が未だ生きていると信じている事実以外にもプレスリーとPacはそれぞれの(音楽)ジャンルにて伝説的人物となり、協議会やトリビュートを引き起こさせたり、死後何年にも渡り彼らの音楽を介してファンを魅了してきた。
 そして今、ラッパー兼アクターの作品は更なる注目を集めながら、Tupac4枚目の遺作アルバムとして2枚組[Until The End of Time]がリリースされる。



 Tupacが1996年ラスヴェガスにて身元不明の暗殺者によって射殺された後にリリースされた最初の3枚のアルバム、96年の[The Don Killuminati: The 7 Day Theory(Makaveli名義)]、97年の[R U Still Down (Remember Me)]と99年の[Still I Rise(the Outlawzと共同名義)]は700万枚近くのセールスを記録、生前にリリースされた4枚のアルバムは900万のセールスである。それに加えて、トリプル・プラチナムである[Greatest Hits]が98年にリリースされ、何十枚にも及ぶ彼の作品の海賊盤、Death Row Recordsの[Too Gangsta for Radio]、他アーティスト名義作(ゲスト参加)等に(Tupacの)様々な作品が収録されていることはいうまでもない。11月には2枚組のTupac作品がもう1セットリリースされる予定だ。

 「すでに彼がこの世にいないから、みんな彼をさらに支持しているんだ。彼は本当に何かを伝えようとしていたしね」とプロデューサーのDJ Hi-Tekは言う。
 「彼の強さは、つまらないもの(誹謗中傷等)への“なんとも思わない”という毅然とした態度だったから、本当の手本になる存在だったんだよ。死ぬにはあまりにも早すぎた。まさに頂点にいた頃だったもんな。だからみんな彼を忘れられないんだろう」

 The Notorious B.I.G.、Big Punisher、Big L等の他のラッパー達も同様に死後に作品がリリースされているが、Tupacの遺作のように決定的な、また商業的な成功を納めているものはない。
 業界筋の多くがTupacはラッパー以上の存在として認識されているからだと解釈している。

 「彼は単なるラッパーではなく、リーダー(指導者)的な存在だったからだ」とTupacの“thug (ちんぴら)美学”を盗んだと非難されてる多くのラッパーのうちの一人=Trick Daddyは語る。
 「彼は(Nation of Islamのリーダー=ルイス)ファラカンのような存在だ。人々は彼の言ったことを信じ、心に留めたんだ。他のやつらはただ音楽を作っていっただけだ。Pacは(クオリティーの)悪いアルバムや曲を作れなかったんだ。Biggieも良かったけどね。でも彼は良い音楽があっただけだからね。Pacは(先見の明をもった)夢想家的な存在だった」

 Tupacの第2のホームタウンであるLAのPower 106のラジオパーソナリティーであるBig Boy曰く、「Tupacはかなり時代の先を行っていた。まだ[Until the End of Time]全部を聴き込んではいないけど、今日起っていることにしっかり焦点が合っているものね」

 Tupacのビジョンこそが、週末にクラブに来ていく洋服を選択するのと同じように簡単に新しいヒーローを選択するヒップホップファンにとって存在感のある音楽にならしめている所以であると考える人もいる。
 シーズン毎により変化する題材を採りあげながら人気を獲得しているラッパーが多い中で、Tupacはより個人的で普遍的な問題、嫉妬、苦痛、詐欺(嘘)、愛、欲望、怒りなどに取り組んだ。

 「NellyやJay-Zなんかにはあまり興味がないな。だって彼らはリッチであるってことしか言わないから」とカリフォルニア州ロングビーチ市に住むTupacの熱狂的なファンPriscilla Ochoaは語る。
 「そういうことには共感がもてない・・・Tupacにも遊び人(プレイヤー)であることについての曲もあるけど、彼の曲の多くが彼の人生についてや彼の生きざまについてのもので、だから人々は彼に共感できるんだと思う」

 Tupacの死後、彼の遺作管理者(The Shakur Estate)から次々とクオリティーの高い新作がリリースされてきたことにより、Tupacに共感しやすかったのである。
 1999年にリリースされたBiggieの遺作2枚目の[Born Again]やBig L唯一の遺作アルバム[The Big Picture]のように、以前のミックス・テープやフリースタイルもの、或いはシングルB面曲など既にリリースされた作品を収録した物とは違い、Tupacの遺作のほとんどはリリースされたことがないものであった。
 彼が亡くなった時には約150の未発表曲を残していったと推測され、BiggieやBig L、或いは4月3日に2枚目の遺作[Endangered Species]をリリース予定のBig Punisherなどを遙かにしのぐ。

 「Tupacは作品を書き始めた6才ぐらいの時から多作でした」とTupacの母であり[Until the End of Time]のエグゼクティブ・プロデューサーのAfeni Shakurは語る。Tupacの未発表曲が存在する限りアルバムはリリースされると彼女は言う。

 「彼はただ多くの作品をリリースするため、或いはよりよくするための試行錯誤を繰り返していたのではない。殺される前に、生きてるうちにたくさんの仕事をやり遂げたのだ」とLAのラジオステーション100.3 The BeatのDJであるJulio Gは語る。
 「これまで多くのラッパー達と仕事をしてきたが、彼みたいにレコーディング作業をこなしてきたラッパーはいないよ。私は彼の作品を聴く時には、彼が亡くなる前に何を考えて詩を書いていたんだろうと分析するんだ。彼はきっと何が起こるのか予知していたんだろう。さもなければ彼の人生を通してもこれだけの作品をリリースできなかっただろうな」

 Tupacは音楽活動に最も焦点を絞ってきていたように彼の死後言われているが、Tupacと仕事をしたことがある映画プロデューサーのPreston Holmesは(音楽という)その手段だけが彼にとって最強のものというわけではなかったと語る。

 「彼は色々な分野において非常に才能があり、自分を表現できるいくつかの方法を見つけることができたんだと思う」と(Tupacがその演技に高い評価を得た)映画「Juice」の共同プロデューサーであり「Gridlock'd」のエグゼクティブ・プロデューサーのHolmesは語る。

 「彼の詩は彼が行った仕事のなかでも、最も彼自身を忠実に表現していると思う」とHolmesは言う。
 「パフォーマンスをしている時にはある程度観客が要求するものになっているが、詩を書いている時は自分自身との一対一の対話であるからだ」

 音楽的な遺産に関していえば、Tupac及び彼の作品の全てはこれからも共鳴し続けていくであろう。

 「Pacはこの業界にすごい影響力があった」と97年のアルバム[The Art of War]でTupacをフィーチャーしたBone Thugs-N-HarmonyのKrayzie Boneは語る。
 「彼は刺激をもたらし、いつも次に何をするんだろうと思わせるアーティストだった。これからリリースされるアルバムは全部買うよ」


---Special Supported by: Damienzmama/ Y. Parks

<Damienzmama a.k.a Y. Parks>東京生まれ、LA在住のワーキング・ヒップホップママ。LA現地情報を当サイトに提供中。

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